歌人・岡井隆追憶の風景旧神前村(現三重県四日市市)(1/2ページ)

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歌を作り始めたのは、三重県神前(かんざき)村(現四日市市)への疎開中です。 昭和の初めから名古屋市の主税町の借家に住んでいたんですが、昭和20(1945)年3月19日の大空襲で、全焼しちゃいました。 僕は17歳。しばらく学徒動員で工場の寮なんかにいたけど、8月15日に終戦になったでしょ。学校(旧制第八高等学校)が「戦争に負けちゃったし、アメリカは進駐してくるし、どうなるか全くわからない。連絡するまで居場所だけはっきりさせて、自由に勉強して下さい」と……。家族が疎開していた、神前村にある母のいとこの家に、3カ月ぐらいいました。 鈴鹿山系の御在所岳とか鎌ケ岳がすぐ西にあって、その前方には広い田園。三滝川という幅5〜6メートルの川が、家のすぐ前を流れていて。次から次へと台風が来る。台風に襲われた後の、すごく美しい山や川。きれいでしたよ、本当に。 疎開先の庭に2部屋ぐらいの独立した家があって、そこに僕らがいた。父はエンジニアでしたがアララギの歌人でしたから、土屋文明だの斎藤茂吉だの万葉集だのっていっぱい積み上がっていて。僕は暇でしょうがないから、これを読み始めた。 一番最初に読んだのは、斎藤茂吉が書いた『正岡子規』。それに子規の歌がずっと出ている。それを見ていたら「これなら自分でもできるかな」と思うような、割と素朴な歌なんですね。歌というのは、こういう風にごく素直に自分の気持ちを31文字に託せばいいんだと分かった。それと神前村の山や川がバッと照応して、歌を作った。 それまで名古屋市のごちゃごちゃの所にいて。しかも、B29の空襲で焼け滅んでいく廃虚の町でしょ。戦争中の暗い時代を過ぎて、解放感を持って美しい日本の山や川に接する。そういう美しいもの、自分が感動したものを再現しようと思って歌を作っていった。

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